IEEE 東京支部

IEEE Milestone

東京支部管内のIEEEマイルストン

2025年12月30日更新

  1. 先駆けのTRON 電脳住宅(1989)
  2. 最初のTRON電脳住宅は、1987年に提案されたHFDS(Highly Functionally Distributed System)のコンセプトに基づいていた。1989 年に東京で約1,000台のネットワークコンピュータを使用してIoT(Internet of Things)を実装して, この先進的なヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)は、1991年に[ユビキタス・コンピューティング]と呼ばれる前からそれを提供していた。TRONの住民からのフィードバックは、HFDSの設計を成熟させるのに役立ち、IoT環境での生活方法を示した。
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  3. パルスオキシメトリ(1972)
  4. パルスオキシメータは、動脈血中の酸素飽和度SpO₂(ヘモグロビンがどの程度酸素と結びついているか)を採血せずに非侵襲かつ連続的に測定する技術で、1972年に日本光電の青柳卓雄氏によって原理が発見された。日本光電は 1975年に世界初のイヤオキシメータOLV-5100を発売した。その後、他社による開発も進められ、パルスオキシメータは病院、診療所、在宅医療などの医療現場で欠かせない装置となった。
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  5. TRONリアルタイムOSファミリー(1984)
  6. 1984年、東京大学のコンピュータ・アーキテクチャのプロジェクトチームが、OSファミリー「The Real-time Operating system Nucleus(TRON)」の設計と、外部パートナーによる製品化の支援を開始した。仕様書やサンプルソースコードをオープンか つ自由に提供し、開発者や利用者のイノベーションを促進した。TRONリアルタイム OSファミリーは、航空宇宙機器、産業機器、車載機器、家電製品など、世界中で数十億台の組込み機器に採用されている。
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  7. プッシュプル締結方式を採用したフィジカルコンタクト接続による光ファイバコネクタ(1986)
  8. 1986年、日本電信電話株式会社(NTT)は、光ファイバコネクタの性能と信頼性を支える基礎となる物理接触(フィジカルコンタクト)接続技術を発明した。この技術を元にしたプッシュプル締結方式を採用したSCコネクタおよびMPOコネクタは、高密度実装性と操作性に優れ、世界中のキャリアネットワークからデータセンターネットワークまで、今日の光ファイバネットワークの構築に多大な貢献を果たしている。
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  9. 世界初の商用信号処理プロセッサ(1980)
  10. 1980年、NEC(日本電気)は、世界初の商用プログラマブル・デジタル信号プロセッサμPD7720を開発しました。斬新なバス構造、250ナノ秒の命令サイクル、16ビット乗算器により、高速な有限インパルス応答フィルタリングを可能にし、複雑なシステムでリアルタイム処理を実現しました。これにより、通信や放送においてデジタル信号処理の採用が広がりました。
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  11. 大規模遺留指紋照合システム(1982)
  12. NEC(日本電気(株))は、1982年に世界で初めて、遺留指紋照合機能を搭載した大規模自動指紋照合システム(NEC AFIS)を発表しました。これは、これまで不可能だった片鱗の遺留指紋でさえも大規模なデータベースと照合できる、強力な犯罪解決ツールでした。これにより、世界中の警察機関が容疑者の捜索を迅速化できるようになり、多くの公安専門家が高く評価する効率性を実現しました。
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  13. 高電子移動度トランジスタ HEMT(1979)
  14. 1979年に発明されたHEMTはエネルギーギャップの異なる2つの半導体の界面をデバイス構造に組み込んだ最初のトランジスタである。HEMTはチャネルキャリアの移動度が高いため、従来のトランジスタよりも高速動作が可能である。HEMTは電波望遠鏡や衛星放送受信機、モバイル通信の基地局などで広く利用されており、情報通信社会を支える基盤技術の発展に貢献した。
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  15. 野辺山 45m 電波望遠鏡(1982)
  16. 1982年、東京天文台と三菱電機はミリ波帯の観測用としては世界最大級の45m電波望遠鏡を共同開発しました。45m電波望遠鏡の用いた革新的技術により高分解能で高感度の観測を可能になり、新しい星間分子の検出やブラックホールの発見など、電波天文学の進歩に貢献しました。
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  17. 温度無依存水晶振動子(1933)
  18. 1933年4月、東京工業大学名誉教授 古賀 逸策は、ゼロ温度係数を示す水晶振動子の水晶カット角度を発表しました。54°45″と135°59″の角度をR1とR2カットと名付けました。温度無依存水晶振動子は、最初に無線送信機に、次に、標準時計に使われ、今では、無線通信システムや情報機器に不可欠なものとなっています。
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  19. 地図型自動車用ナビゲーションシステム(1981)
  20. 世界で初めての地図型自動車用ナビゲーションシステム(Honda Electro Gyrocator)が、1981年に発売されました。このシステムは、方向及び距離センサーを用いた自立慣性航法技術が基本となり、車載されたディスプレイ上の道路地図に自動車位置と走行経路を表示できる先駆的な技術であり、その後の自動車のナビゲーションシステムの発展に貢献しました。
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  21. ハイビジョン(1964 – 1989)
  22. NHKは、高い臨場感をもたらす、高解像度かつ横長画面の「ハイビジョン」放送システムを開発した。1964年より、心理物理実験から機器開発まで、広い分野における研究を開始し、1989年の世界初のハイビジョン衛星放送は、放送の新しい時代を開き、その後世界に普及することとなった。
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  23. 緊急警報放送(1985)
  24. NHKは、大規模地震や津波などの際、自動的にテレビ、ラジオの電源を入れ、情報を伝える「緊急警報放送」を世界に先駆けて1985年に開始。デジタルテレビの世界的な標準化においても、衛星放送と地上放送の規格として採用された。
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  25. 高品質光ファイバの量産製造技術「VAD 法」(1977 – 1983)
  26. 1977年に、日本電信電話公社(NTT)の伊澤達夫博士が量産性に優れた光ファイバの製造方法として気相軸付け(VAD)法を発明した。その後、NTT、古河電工、住友電工、フジクラの4 社は共同研究体制の下、高品質光ファイバ量産に向けたVAD法の実用化に成功した。VAD法は、今日の光ファイバネットワークの構築に多大な貢献を果たしている。
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  27. TPC-1 太平洋横断ケーブルシステム(1964)
  28. 日本、ハワイ、米国本土を結ぶ太平洋横断海底同軸電話ケーブルは、1964 年に稼働しました。リンドン・ジョンソン 大統領と、池田勇人首相が、1964年6月19日に開通記念通話を行った。AT&T, Hawaiian Telephone Company及び国際電信電話によるこの共同プロジェクトは、グローバルな通信を改善させるとともに、深海海底ケーブル技術の発展に貢献した。
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  29. 電力用酸化亜鉛形ギャップレス避雷器(MOSA)(1975)
  30. 明電舎はパナソニックの酸化亜鉛バリスタの基本特許をベースに革新的な改良を重ね電力用酸化亜鉛形ギャップレス避雷器(MOSA)ならびにその量産システムを開発した。MOSAの開発により多重雷性能および汚損性能が飛躍的に高まり、UHV送電の保護も可能となった。この技術開発は、電力系統の安全性・信頼性の向上と、関連する国際規格の制定に貢献した。
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  31. 高圧縮音声符号化のための線スペクトル対(LSP)(1975)
  32. 1975 年にNTTで考案された線スペクトル対は、音声合成や符号化のための重要な技術である。1980年には線スペクトル対に基づく音声合成チップが作成された。1990 年代には、この技術はほぼすべての国際音声符号化標準に必須の要素技術として採用され、世界中の移動体やインターネットでのデジタル音声通信の高品質化に貢献した。
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  33. 東芝 T1100、ラップトップ PC 開発のパイオニア的な貢献(1985)
  34. 東芝T1100(1985年に出荷されたIBM PC互換のラップトップ・コンピュータ)は、ラップトップPCと携帯型PCの開発に非常に大きな貢献をした。T1100で、東芝は市販ビジネスソフトが動作する携帯性に優れたPCの実現性や重要性を示し、その結果T1100がPCの専門家の間でだけでなくビジネス分野にも受け入れられた。
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  35. G3 ファクシミリの国際標準化(1980)
  36. NTT(当時日本電信電話公社)とKDDI(当時 KDD)は、それぞれ独自に開発した 2次元符号化方式の特徴を取り入れた日本統一規格「READ方式」を開発、さらに日本の強力なリーダーシップによって生まれた最も革新的で効率的な「MR(Modified READ)方式」が、1980年にG3ファクシミリの国際標準となった。これを契機として、ファクシミリはビジネスから一般家庭に至るまで世界中に急速な普及が進んだ。
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  37. 電界放出形電子顕微鏡の実用化(1972)
  38. 日立は、シカゴ大学のアルバート・クリュー氏と共同で電界放出電子源の実用化技術を開発し、1972年、世界初の電界放出形電子顕微鏡を製品化した。この技術は、簡単な操作で安定度や信頼性の高い超分解能画像の観察を可能にした。電界放出形電子顕微鏡は、物理や生物、材料、半導体デバイスなどの分野の科学技術および産業の発展に非常に貴重な貢献をもたらした。
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  39. 直接衛星放送サービス(1984)
  40. 1984年5月、NHKは家庭で直接受信できる衛星放送サービスを世界で初めて行った。このサービスを実現するために、安価な低雑音受信機の開発や12GHz帯の降雨減衰の調査などが行われた。これは、NHKをはじめ、電波研究所、宇宙開発事業団、通信・放送衛星機構、東芝、ゼネラル・エレクトリック社、NASAの18年間にわたる研究・開発の集大成であり、この成果は、現在の世界の衛星放送の基礎を築いた。
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  41. 初の太平洋横断テレビジョン信号衛星中継受信(1963)
  42. 1963年11月23日、茨城衛星通信センターにおいて、リレー1号衛星経由で米国カリフォルニア州のモハービ地球局から送信されたTV信号を受信した。これは、衛星通信の有用性を広く知らしめるできごとであり、衛星経由の大陸間TV中継伝送の新しい時代を拓いた。その後、同衛星通信センターのアンテナは、数々の改良を重ね、衛星地球局技術への貢献を果たした。
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  43. フェライトの発明とその工業化(1930 – 1945)
  44. 1930年に東工大の加藤与五郎・武井武両教授により発明され、TDKが世界に先駆けて生産を始めた磁性材料フェライトは、無線機、ブラウン管、トランスから、現在の薄型テレビや自動車に必須の材料として、広く社会に貢献してきた。
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  45. 日本語ワードプロセッサ(1971 – 1978)
  46. 1978年に開発された画期的な日本語ワープロJW-10は、現在のパソコンや携帯にも必須の日本語処理ツールとなって受け継がれ、情報化時代の発展に大きく貢献してきた。銘板は㈱東芝の研究開発センターと青梅事業所に飾られる。
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  47. 世界標準家庭用ビデオVHSの開発(1976)
  48. 高野鎮雄と白石勇磨をリーダーとする日本ビクター横浜工場の技術者たちは、家庭用画像記録装置のニーズに応えるVHSの開発を進め、1976年9月最初のモデル、HR-3300を発表した。この基本設計とその後の改良は広く顧客に受け入れられ、VHSはビデオテープレコーダーの世界標準となった。
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  49. 電子式水晶腕時計(1969)
  50. 中村恒也をリーダーとする諏訪セイコーの技術者チームは、10年間の R&Dの末1969年12月25日、世界に先駆けて電子式水晶腕時計Seiko Quartz Astron 35SQを発売した。水晶発信器や超小型ステッピングモータなどが開発され、月5秒の精度を実現した。
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  51. 富士山レーダー(1964)
  52. 人工衛星以前の1964年に完成した世界で最も高い位置に設置された気象レーダーである富士山レーダーは、800kmの遠隔地に発生した台風を直ちに検知し、予告するものである。気象レーダーの新技術に加えて、遠隔制御や複雑な電子システムの保守の簡便化をも実現した。このレーダーは気象庁が計画し、三菱電機が主契約となり、大成建設が協力して完成した。
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